PowerShot G10で大阪お写んぽ写真 2022 12.24

目安時間:約 7分

  今日は大阪市内をお写んぽ。

木曜日から風邪気で仕事を早退してPCR検査を受けたり、そんでもって金曜日は風邪の症状がきつくなって仕事休んだりで、慌ただしい週末を過ごしたけども、仕事休んで散々寝倒したことで、土曜日は朝からなんとか復活。

トイレ以外は床に伏してたこともあって、腰が痛い。

こんなに寝るのは学生時代に戻った気分だった。

土曜日の朝は寝起き腰が痛かったので、歩いて腰をほぐそうと思い撮影にでかけた。

PowerShot G10の作例的、大阪お写んぽ風景写真論 

今日使用したカメラはキヤノンPowerShot G10。

ええカメラですわ。

センサーのサイズや画素数はこんな感じです。 

約1470 万画素(1/1.7 型CCD、総画素数約1500 万画素、原色フィルター)

 RAWで撮影したのですが、輝度ノイズが多いかなって言う印象です。

CCDのコンデジだと1400万画素ってちょっとオーバースペックかな、なんて思ったり。

1000万画素くらいでええと思った。

カメラの話はこの辺にしときましょう。
そもそもこのブログはカメラブログではありませんので。
自分が普段写真を撮る画質というか、写真表現の仕方と言いましょうか。
自分は至って普通の画質で普通の写真だと思ってる。
特別過剰な部分ってシャープネスあげたところとか、パンフォーカスなくらいでしょうか。
こういう写真が自分にとってしっくりくる写真の画質なんですなぁ。
人によったら過剰にコントラス付けたり、過剰にアンダーにしたり過剰にオーバーにされる人もいますが、自分はああいう見せ方はしませんね。
こういう写真は表現性が乏しいかもしれませんが、表現性を全面に出すよりも、撮る側がその場で見たような写真のほうがむしろ写真っぽいというか。
素人っぽい写真と言えば素人っぽい写真なのだけども。
写真は芸術でない、写真は表現でない、写真は記録だとか言う人ってけっこう派手にレタッチする人って多いように自分は思うのですが。
自分が写真は芸術と思ってるし、写真は表現と思ってるるし、写真は記録だと思ってるのだけども、そう思えば思うほど、写真が普通になって行くというか。
自分はコンセプチュアルな写真は撮らないけど、写真をアートと考える理由に小手先のレタッチで見せるのでなく、コンセプトとかテーマなんだと思ってるのですなぁ。
写真は表現と思うその理由は、写真って何か感じてそれに反応して撮るもので、自分が良いと思った風景なり光景なり、何かに対するアンチテーゼとか、そいういうものって自分そのものだと思う。
自分を写真に置き換えて人に見せてるわけで、それって表現そのものだとおもうし、何かしら然るべき場所で展示したことある人ならわかると思うけども、フレームに入れて写真を展示したり、写真集作ったりでタイトル入れて作家名まで入れて出すわけだし、それって表現意外のなにものでもないですよね。
それに写真は記録だって言うんだったら、モノクロでは撮れないですよね。
記録だったらできるだけ、見た目に近い色とか明るさで見せると思うし。
記録と言っても心象風景の記録と言われれば、必ずしも記録に徹した見せ方をする必要はないのだろうけども。
自分もそうだけども、写真を撮ってる人って写真を語れば語るほど矛盾していきますよね。
自分もこうやって文章化して行くにつれてわけがわからなくなってきてるけど。
グダグダ書いたけども、何が言いたいのかというと、好きに撮ろうってだけで。
結局は自分の写真は自分の写真。
他人の写真は他人の写真。
それだけ。
とりあえず今日はJR東西線の北新地で下車して、北新地を軽く撮って、御堂筋沿いに沿って道頓堀、なんばと撮り歩く。
そして、南海電車に乗って住吉大社に手を合わせに行って、住吉大社から新今宮に戻り、新世界、日本橋、なんばを撮って今日の撮影は終わり。
何度も撮り歩いた場所を今日も撮り歩いたわけだけども、自分の写真はお散歩写真なので、こんなんでええのですね。
立派な写真なんか撮るつもりもない。
自分とカメラとその前に広がる風景や光景なりがあるだけで、カメラを介した風景なり光景をこうやってブログで見せてるのですね。
そうそう、自分はレタッチする時に、必ずと言っていいほど水平垂直をいじります。
なぜなら、目で見た風景や光景がレンズを通すと湾曲してしまうので。
自分は街を撮ることがほとんどなので、電柱が歪んだりビルが歪んだりと言うのは耐えられないのですね。
自分の目で見た建物や電柱はそのように曲がってない。
今日は久しぶりに住吉大社に行った。
住吉大社は初詣の準備をしてた。
「もう正月かぁ」って思いつつ、なにか抜けてるなぁっていう違和感があった。
そうそう、今日はクリスマス・イブだった。
そういうイベントがあったことも忘れていた。
まぁ、毎年クリスマスと言っても普段といかわりがないのだけども、頭のどこかにはクリスマスという意識があった。
今日みたいにクリスマスというイベントのかけらがまったく頭の片隅になかった年も初めてのような気がする。
だからそうなんだって話だけども。
写真とは関係のない話だけども、自分にとっては、ここに投稿してる写真も、こういうくだらない話も同じ価値なのですなぁ。
お写んぽ風景写真論なんてタイトル付けても、この程度のことしか書けないので、このままズルズルとこのブログ記事は積み重なって行くわけである。
そもそも、自分の撮る写真なんて意味がないって思ってるので、それに対して語ることも意味がないわけだ。
このブログには追々、アドセンスの広告を貼る予定なのだけども、このような文章を書いてたら、グーグルさんも合格は駄目だろうな。
最近ネットで「日本終わり」というようなものをよく見る。
まぁ、いろいろあるからなぁ。
政治的なものをここで書くつもりはないけども、自分も日本は終わったと思ってる。
それにも滅気ずに写真を撮り続けるさ。
年末年始と東京に行くことになった。
東京の写真はたくさん撮ってるので、次回のこのブログは東京の写真を更新して行きます。
ではでは。
今日はこのへんで。

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